塾長紹介&あいさつ

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 やぎぬま 清
 
     心温まる真心の個人指導  

やぎぬま塾にお見えになる生徒さんは、殆どが、医専や●●会、その他の教場を徘徊して、特に英語が偏差値30そこそこと四面楚歌、八方ふさがりになっている生徒さんであるか、定期試験のたびに赤点で学校に呼び出されて「このままでは進級できない」と脅かされ続けてきた生徒さんとなっています。この状況を払拭させるのは容易ではありませんが、少しでも努力が報われるようにお手伝いさせて頂いております](2026/02-06)
駒場東邦出身。医大の附属高校に在籍していながら英語の担任の先生に憧れて教職の道に進みました。千葉大学教育学部英語科専攻卒業後、県立高校全盛時代の神奈川県立湘南高校教諭等、教諭歴25年、私立一貫校講師歴通算5年4ヶ月を経て現在に至っています。フルタイム時の妻の大病により、仕事と看護との両立が困難にな2004年に教職を辞しました。加えて2006年からは老父が重介護となり、他界する2010年まで端的な時間が殆ど許されない状態でした。一時は室内で転倒して大怪我をする状態であった妻は奇跡的に回復して現在に至っています。日本英語語法文法学会永年会員。元・日本時事英語学会会員。元・日本英語検定協会面接委員。


 
  阿蘇山にて
  17歳の時

私は、高校募集の最後の実施となった昭和45年に第14回生として、募集一クラス、応募数541名の中補欠のビリで逆転サヨナラ満塁ホームランのごとく入学できたものの、案の定学校の授業には全く付いて行けませんでした。将に、入学した時点で「深海魚」の駒東生活が始まっていたことになります。結果的に高一の二学期中間試験では、数学は教科書の例題程度の点取らせ問題さえもただの一問も出来ず、零点となってしまったのです。要するに駒場東邦の落ちこぼれとなってしまったわけですが、このような状況の中で、自分の意志では陶冶できない分野に関しては極めて淡白な私は、事務室に「退学届け」を受け取りに行ったのもこの頃でした。

その時は事務長になだめられ、連絡を受けた担任(英語のO先生)も飛んできました。事務室の中で担任と事務長から「退学届けを渡すのは簡単だけれども、今受け取る必要はないのではないか」と、説得された私は、その場での退学届けの受け取りを思い留まった次第です。現在の駒場東邦では有り得ない事ではないでしょうか。

後に英語担当の担任の先生から「ヤギ単」と言うまことに勿体無い称号を頂戴し、授業中も何かにつけ「ヤギ単、この単語はどういう意味だ」と聞かれるようになりました。担任からこれだけ温かく見守られては私も勉強しないわけには行かず、通学の満員電車の小田急線内では連日、必死に単語の勉強をするようになりました。そして高ニの実力試験では、駒場東邦名物の単語の試験でとうとう学年でトップファイヴに入ることができたのです。

定期試験で零点になるほど難儀した数学も、高3の最後の実力試験では(90数名の文系の中で)学年11位で卒業を迎えることができました。当時、学校の敷地内にあった教員寮にお住いて午前7時過ぎには出勤していたご年配の数学のF先生には連日のようにお世話になりましたが、私の拙い質問に丁寧に応対して頂いた記憶も走馬灯のように過ぎる昨今です。

私が「将来は教職の道を歩もう」と決心したのも、将に担任の生徒を思う一挙手一投足を眼前にしてのことでした。、また、ため息が出るほどの圧倒的な英語力に驚愕し、「少しでも担任の英語力に近づきたい」と大変な憧れを抱いていました。

私生活の面では、私は病弱な(45歳で他界した)母と弟の二人の病人を抱え、勉強と生活を両立させなければならないという大変な苦労を経験して来ました。私が駒場東邦で落ちこぼれたのは、自分の努力不足によるところが大きいのですが、十分な勉強時間が確保できなかった事も多少なりとも影響していました。当時の駒場東邦では明文化された進級基準(=留年基準)がなかったために、このような状態であっても卒業までこぎつけることができ、現在の私があると言えます。もし、現在の駒場東邦のように「指導点」と呼称されている厳しい単位習得基準があったならば、また、当時の担任の暖かい励ましがなかったならば、私は間違いなく進級できずに留年し、そして放校になっていたことと思います。

駒場東邦在学当時は、生活で多忙を極める中、塾や予備校に通う余裕は全く無く、勉強でどれ程苦労してきたか計り知れないものがあります。まともに買い物にも行けなかった母親に代わって、連日のように買い物にも出かけていましたが、自転車に自作の単語帳をくくりつけて、単語を見ながら自転車を漕いでいたのも懐かしく思い出される次第です。将に艱難辛苦の中学・高校時代であったといえるでしょう。

しかしながら、高校時代に落ちこぼれた経験が教職に就いて教える側に立ってから大いに役立つようになりました。現役の教員の時にも常に生徒さんの眼を見て反応を確かめながら授業を展開し、兎に角「落ちこぼれを出さない」授業の工夫に努めました。フルタイムの教員を退いた後も、一時期、某一貫校で(60名弱の生徒さんを二クラスに割った一クラスの)高3の選択の英文法の授業のお手伝いをさせて頂いたことがありますが、最初の定期試験では、もう一クラスの担当の専任教員が作成した問題であったにも関わらず、専任教員の担当のクラスでは90点以上がたった一人であったのに対して、私の担当のクラスではほぼ3分の1の9人の生徒さんが90点以上となり、クラスの平均点が何と19点も違うと言う事もありました。

教育現場の一線を離れた現在でも、常に生徒さん方がどこで解らなくなっているかを的確に把握して進める授業展開に努め、多くの生徒さん方の偏差値を、僅かな期間で20も30も上げることに成功しています。

(金銭的な面では)巷の塾や予備校という教場を通してプロの家庭教師をつけたり、医系予備校は勿論一般の大手個人指導塾で学生さんでない方から個人指導を受けますと、入学金や諸費用以外に授業料が一時間1万円5千円前後以上がは当たり前となっています。しかも、業者が提供する個人授業は、特に医専(医系予備校)では90分の二コマをワンセットとして、生徒さんがお見えになってから教材を渡してその場で解かせて、終了したら講師が解説をするという方式ですので、実質的に自習時間まで授業料に含まれることになってしまっており、本当に勿体ない限りです。

やぎぬま塾では、生徒さんの所属学年や、時間の中で行った科目数及び物理的勉強時間に関係なく、行った時間に比例して授業料を計算させて頂き、準備や事後のプラスアルファの手間を勘案して、月が替わりましたら前月分を一回ごとに授業料を提案させて頂いております。

(コロナ渦以降オンラインでの勉強が圧倒的に多くなっている現在、一回の授業が40分程度からせいぜい80分程度となり、授業料は、時間による比例配分と、準備に必要な部分を若干考慮した金額を、前もって相談させて頂いてからお願いしています。詳細は、「授業料に関して」をご覧ください。

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